RE-JAPANの成り立ち

No1: 出会い

株式会社RE-JAPANの代表取締役である、山本拓・菅沼周平の二人が初めて出逢ったのは、2012年6月のことでした。大学に起業支援を受けた個人事業主として活動する傍ら、SPROUTという学生団体事業を展開し、後輩と共に成長することをめざしていた山本と、大手住宅メーカーで働いた際の労働環境への疑問から人材コンサルタントに転職し、大企業を含む200社に及ぶ企業の実態を目の当たりにしてきた菅沼。二人には、共通した人生の目的がありました。 それは、
「ひとが、自分らしく活きて輝ける居場所・社会を創っていくこと」
「ひとが、自分の人生に意味を見出し、夢を持って生きるための仕組みをつくること」。
世界規模では技術革新によるグローバル化がはじまり、
日本ではバブル末期の昭和から平成に変わりつつあった先の見えない時代。
そんな時代に生まれた二人の出会いにより、RE-JAPANは生まれました。
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No2: はじまり

未だ、RE-JAPANという社名も決まっていない頃、菅沼は学生団体SPROUTが発刊準備をしていたリクルートマガジン・Senseを作成するプロジェクトに合流します。
日本における大企業の割合は、わずか0.3%。残り99.7%が中小企業です。リクルートマガジン・Senseは、学生が進路を選択する際に埋もれてしまいがちな中小企業の魅力を伝えていくため、関西の学生にデータやネームバリューだけでなく、「肌で企業の実際を感じて良識のある進路を判断してもらいたい」という想いが込められたフリーペーパーです。
学生自ら企業の魅力を取材し、同じ学生に伝えていくという取り組みに、 菅沼が企業診断のノウハウを提供。
学生と社会人という垣根を越え、共同でプロジェクトを進めていくという形は、この時に初めて生まれました。
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No3: 対話するという文化

学生と社会人の垣根を超えて活動する中で、 山本・菅沼の二人は「対話すること」の価値を見出します。
情報化社会の到来とグローバル化により、コミュニケーションのあり方の多様化、
都市化とそれに伴う地域社会(コミュニティの過疎化、産業の空洞化、少子高齢化と国際化、社会的マイノリティの顕在化が進行しました。
社会には、多様な価値観と課題が存在することが明らかになったのです。
そして、多様な価値観が存在する中で、社会全体で課題に取り組むことが必要になった現在、
社会を構成する一人ひとりの価値観を受け入れ合い、
「社会を構成する誰もが、自分らしくあること・生きることをめざせるアイデア」を生み出す可能性を秘めた「対話」に、二人は引かれていったのです。
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No4: 現在

二人の代表、山本・菅沼が出会って約一年。
2013年5月に設立したRE-JAPANが初めに取り掛かったのは、インターンシップを活用した人財育成・雇用マッチング事業です。
企業と大学、学生の3者の関係性を企業が実際に動かしている事業を通じて繋いでいき、
将来の社会を担っていく学生を企業・大学との共働で育成し、マッチングしていくというものです。
山本・菅沼が初めて出会い、語り合ったときはたった二人だけの想いによる夢でしたが、
現在、RE-JAPANのメンバーは10名となり、一人ひとりが自分の夢・目標を掲げつつも、
互いの強み・弱みを共有しながら「REJAPAN」という社名に込められた想いを実現するべく、
今も挑戦を続けています。
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No5: これから

RE-JAPANは今後も、事業を継続していく中で産官学民と呼ばれる企業・行政・大学・市民の4者の関係性を紡いでいき、相互作用を生み出しながら発展していける社会の基盤づくりを進めていきます。教育―雇用―労働という3つの領域を一環したシステムとして構築していくことを設立当初は掲げていたRE-JAPANですが、今、私たちがめざすのは『持続可能な社会の発展のための仕組みづくり』。私たち一人ひとりが形作っている社会は、私たち一人ひとりが自分のやりたいことを見つけ、志を共有できる仲間を見つけ、大切な人を大切にし、一歩一歩進んでいくことで変わっていきます。
将来的に、日本において『持続可能な社会発展のための事業』を実現できたとき、世界の持続的な発展をめざす「RE-WORLD」となっていけるように、これからもRE-JAPANは事業を展開していきます。
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CORPORATE PHIROSOPHY